4名の講師がオムニバス形式で講義を行う。全体は以下の3部に分かれる。
第1部『科学技術および現代社会を考える―価値・欲望・快楽・幸福をめぐって―』
<担当講師:関谷雄磨(第1、3~7回、全6回)、高橋幸平(第2回)>
われわれ人間は科学技術を手に入れることによって、生活を便利に、快適にすることに成功しました。さらには、単に便利な生活を送るのみならず、「豊かな生活をエンジョイ」することも可能になりました。しかし、そのような生活を送っているはずのわれわれは、果たして本当に幸福な(よい)人生を送っているのでしょうか。私の担当回では、この問題についていくつかの視点から考察します。なお、教科書は使用せず、配布プリントに基づいて講義を行います。
〇第1回『講義全体の説明および導入』
・講義の概要、課題の提出方法、成績評価などの説明。※履修希望者は必ず出席して内容を確認してください。
・導入(『科学技術を歴史的源泉から考える』:ベーコン、デカルト)
科学技術がどのような「前提」のもとで構築されてきたのか考察します。それは、例えば「人間中心主義」や「二元論的世界観」といったものです。科学技術(および現代社会)がこれらの世界観によって決定的に方向づけられていることを確認します。
○第2回『科学技術ということば』(※オンデマンドで実施予定)
現代の「科学技術」の源を古代ギリシアに遡り、特にアリストテレスに拠って、関連する語の意味するところを探る。
○第3回『「技術」とはどのようなものであるべきなのかを考える:プラトン』
前講を受けて、それらの「前提」によって基礎づけられる現代の科学技術のあり方を、プラトンの技術観(「真に技術と呼ぶべきものは善悪の価値判断を可能とする」)を参照しながら、批判的に考察します。
○第4回『科学技術がもたらした医療倫理上の問題を考える:ミル、カント』
前講を受けて、具体的実例として医療倫理上の諸問題を取り上げながら、科学技術と価値判断の関係性の問題についてより広範な視点から考察します。
○第5回『「欲望」について考える:プラトン』
科学技術と価値判断の関係性の問題は、つまるところ人間がさまざまな願望(欲望)を持っていることに起因します。そこで、人間は願望(欲望)とどのように向かい合うべきかという問題について、プラトンを参照しながら考察します。
○第6回『「享楽(快楽)主義」について考える:キュレネ学派、エピクロス』
われわれの願望(欲望)の多くは、「快楽(=人生における楽しさ全般、満足感)」への欲求として生じます。そこで、人間は「快楽」とどのように向かい合うべきなのかという問題について考察します。
○第7回『科学技術がもたらした大量消費社会を考える:キュニコス学派』
われわれは、これまで考察してきたことに基礎づけられた大量消費社会に生きています。では、この「豊かな」社会は、われわれが幸福な(よい)人生を送ることを可能にするでしょうか。物質的豊かさへの志向と幸福との関係について考察します。
第2部『自然とかかわる技術について』
<担当講師:小濵(近藤)聖子・全4回>
第2部では、日本における科学技術のあり方について理解を深めるうえで、前提となっている思想的な背景に関する講義を行います。古代日本では自然とかかわる技術としてカミ祀りが行われていたことや、近代日本の科学者が科学を宗教的な営みとして理解しようとしていたことを紹介し、最後に現代の科学者には科学技術発展のためにELSI/RRIの理解が求められていることをとりあげます。
〇第8回『自然とかかわる技術としてのカミ祀り』
古代日本におけるカミ祀りが、自然とかかわる技術であったことについて紹介します。古代の自然観・人間観・技術観を学び、それが現代日本にも受け継がれていることを示します。それによって、受講者が科学技術の捉え方の視野を広げることを目指します。
〇第9回『科学(者)と仏教』
科学の営みは、科学者という主体が世界という客体を観察することによって始まります。ここに主客という二分化された図式が成立します。ところで、科学者が世界全体を追究しようとするなら、主体となっている自分自身についても考察の対象とせざるを得ません。
この回では、近代日本の科学者が自身の研究を仏教的な「行」として捉えていった例をとりあげ、科学研究という行為について考察します。
〇第10回『現代の科学と宗教―仏教の例から―』
アジアから欧米にも広がっている仏教は、世界の本質を理解するための探究方法であるという点において、科学との共通点を論じられることが珍しくありません。この回では、ビジネスや医療でも取り入れられているマインドフルネスや禅について取り上げ、現代に生きる人間が科学と仏教や宗教との関わりをどのように捉えることができるのか考察します。
〇第11回『研究倫理の教育とELSI/RRI』
現代の科学者には、自分がどのような研究をしたいか、できるか、すべきかといったことを多角的に考えることが求められます。この回では、担当者の研究倫理に関する実務者としての経験を踏まえ、現在我が国で推進されている研究倫理教育や、ELSI(Ethical, Legal and Social Issues: 倫理的・法的・社会的課題)、RRI(Responsible Research and Innovation: 責任ある研究・イノベーション)の考え方の普及について紹介します。
第3部『パラダイムを扱うというアプローチについて—環境・社会課題と人間—』
<担当講師:田中基寛・全4回>
『パラダイムを扱うというアプローチについて—環境・社会課題と人間—』
科学技術が内包する「専門化」が生んだ「環境問題」は20世紀後半~末に世界的な課題となり、「地球の有限性」を示した。21世紀初頭、環境問題は「社会課題」を取り込んで拡大し「SDGs(国連の「持続可能な開発目標」)」という世界合意に結実した。そしてただ今は「ESG投資」コンセプトによる「『社会課題解決』の経済活動への内部化」が進み、その実効性の検証フェーズに突入している。
こうした人間活動の進化を俯瞰するとともに、その過程で登場してきた「パラダイムを扱うというアプローチ」を含む、「パラダイム」を巡る「実践の知」について考察する。
〇第12回『クーンのパラダイムと大橋のアプローチ』
トーマス・クーンの「パラダイム」と大橋力に拠って、科学技術が「高度専門化社会」を生み、専門のはざまに「環境問題」が生じるという視点を提示する。科学技術に内在する「もの」と「こころ」の分断や「専門分化」への動機に対し大橋の提起したアプローチの現代における可能性を考察する。
○第13回『科学技術を用いるものが今から考えるべきことは何か』
上記のテーマに関し、倫理学者から考察のためのさまざまな視点・論点が示された(参考書に掲げた勢力尚雅編『科学技術の倫理II』にまとめられた)。その内容に拠りながら科学技術の専門家と市民との関係を中心に、現在の状況や問題を考察する。
○第14回『環境問題の社会的な制御-気候変動とTCFD提言』
企業にとっての環境問題・社会課題の位置づけは「社会的責任(=コスト)」であったが、21世紀最初の四半世紀の間で劇的に変化し、「競争軸」になろうとしている。そこで生まれた「ESG投資」のコンセプトが「外部不経済の内部化」圧力として現実に企業を動かし、中心軸となった「脱炭素経済」化は揺るがない。この質的変化の過程を踏まえて「科学の社会的な制御」の戦略性と科学の問題の解決への寄与について考察する。
〇第15回『社会課題と個人をつなぐアプローチとしてのパラダイム』
「社会課題」へ対処する推進力・動因は、「個人は世界と直接つながっている」感覚の広がりではないだろうか。このような見通しから、日本のSDGsの現場でも適用が試みられている「パラダイムを扱うというアプローチ」を紹介し、脱専門分化への道筋と、専門家と非専門家の共創について考察する。